ふて寝して起きて仕事したりなんだりしたら少しスッキリしたので、
チクショー。
と言える元気が出てきました。多分、最近こんな気持ちだったのだろうと。
またしても言葉は荒れましたが悪く無い具合です。
思い返せば高校生の頃、デッサンや油絵にどんなに時間をかけて頑張ったつもりになっていても、
ふと周りを見渡すと自分の作品が大した事ないのを目の当たりにして、
いつもチクショーと呟いていた(時には廊下や自転車での帰り道で大きな声で言っていた気もしますが呟いていたということにしたいです)気がします。
言葉の対象はいつでも自分自身で、呟かないと制作に戻れなくなる弱さをどうにかしたかったから、そうしていたのかもしれないなと今になって思います。
言ったところでデッサンが上手くなるわけでも魅力ある絵画が描けるようになるわけでも無いことは解っていたけど、言わないこともできなかった。
元気だったのだろうし、その現状をどうにか改善したかったのだろうと思います。
ただ単に口も頭も悪いだけというのもあるのですが。
大昔のあの頃とは随分事情も変わってるから含まれる意味は全然違うけど、
今だに私にとってのチクショーはマイナスの要素のみではない言葉のようです。
今は「現状を改善する」という目標がハッキリと見えるような眼は持っていないけど、
「わからなさ」の中を歩き回り考えることを興味深いと感じる眼を持った気がします。
大半はモヤモヤすることになるのでついついチクショーが出てきがちなのですが、
もう廊下でも路上でも大きな声では言いづらいから、パタパタと打ち込んでみたりします。
ということで、制作を。です。