近所の家がたて続けに解体され、更地になった後にすぐに新しいアパートなどが建ったかと思と、すぐに入居者が入り
ごく自然に新しい生活としての時間が過ぎていく。少しその道を通っていない期間のうちに解体されて新築されていたりすると、
もうもはや何があった場所なのかどうかも定かではなくなる。
数年の間、通勤の度に視界に入っていたはずの建物なのに、いとも簡単に忘れていく。
18歳の時に実家を出て以来、5回の引越しをしてきた。
実家を入れると今の物件は6件目。そのどれもに日常があり、生活があった。その時の心境も色々あった。
はず。
写真や日記、他人と共有した記憶によって部分的に鮮明に思い出すことはあっても、その全てを手に取るように思い出すことは難しい。
私の目は開いていたのに、何を見ていたのだろうかとさえ思う。
そもそも全てを覚えていることもできない。
いとも簡単に忘れていったことに思いを馳せる時、自分が何を捉えていて、どう認識していて、そして忘れていったかについてを考える。
覚えていたいわけでもないのかもしれない。
どんな風に忘れてゆき、その不在について何を思い、そしてまた何を捉えようとするのかを考えたい。