こちら側とあちら側の間には埋められない距離が存在し、掴み取ることは不可能にすら感じることがある。 あちらからこちらへと投げかけられる視線は、こちらがあちらを見つめる視線とはどうやら交わってはいない。 完全に交わり把握することができる時が来たら、見つめることへの執着は消えるのだろう。 それを一番恐れていて目をそらし続けていたのは、こちら側なのではないかと思う。 目をそらすことをやめて、今の執着が消え去り、何もなくなった時に見えるのは、また違う視線なのだろうか。